自分でも思ってもいなかった。
あまりにも、必死だったから思わず受け取ってしまった。
放っておけない・・・そんな感じがしたから・・・
『たいようのねがい』
「まさか、お前が誘いを受けるなんて思ってなかったなぁ。」
赤みのオレンジの長い髪を縛りなおしながら、いつもの軽いノリでヘラヘラと朱衣(しゅい)が言った。翠の瞳にはいかにも「面白いことが起きそう」的な期待感を抱いた光が宿っている。
その顔を見て、柔らかいソファに座って軽い朝ご飯を食べていた黒髪の少年が怪訝そうに言い返した。
「悪いか?」
「悪いなんて言ってないじゃん?お兄さんは、友達が少なそうな敦真(あつま)君をず〜っと心配してたわけですよ。なもんだから、嬉しいんですけど?」
「お前は関係ないだろう。」
ふいっとそっぽを向いた敦真の視界に、先程貰った招待状が入ってきた。薄い栗色の髪をした、天真爛漫な少女。
「気になったの?あの子。」
敦真は否定しなかった。気にならないと言ったら嘘になる。かなりおっちょこちょいで、放っておけない。純粋な言葉ひとつひとつが、冷え切った心を溶かしていく気がした。
「でもさぁ、敦真。」
朱衣が急に真面目な顔をして、こちらを向いた。
「お前、ダンスできるの?」
敦真の肩が、一瞬上がった。彼は朱衣の方を振り返らない。
そう、北のど田舎出身の彼が、踊れる訳がなかった・・・
「・・・・・・・・・・・・わからん。」
次の日の夕方、敦真は誰も来なさそうな屋上で、独り練習するハメなった。気を利かせた朱衣が本を貸してくれたのだ。
(なんでこんなの持ってるんだ・・・?)
カバーには図書館貸し出し用のバーコードが付いている訳ではない。となれば、彼の所有物としか考えられない。
「・・・・・・・・」
あの朱衣のことだ。こういった本を持っていてもおかしくない。そう思うことにして、もう一度本を見返してみる。・・・・・・が。
(・・・読めん・・・)
あんまりちゃんと教育を受けてこなかったせいか、彼は本を読むの――特に漢字――が苦手だった。
≪お兄さんに教えて貰えば?≫
頭に直接、高めの少年の声が響いてきた。敦真の行動が面白いのか、彼は先程からケラケラ笑い続けていた。
「誰が頼むか。」
≪でもお兄さんこういうの得意そうじゃん?独りで悩むよりはいいと思うけどなぁ。≫
「お前は黙ってろ、虎杖丸。」
からかいまくる虎杖丸を黙らせると、敦真は何とか解読しようと再び本を見つめる。
「あれ・・・?敦真さん?」
下からソプラノの声がした。腰掛けている建物の外壁の真下。一つ下の階の広いベランダから、こちらを見上げている少女がいる。ふわふわした淡い栗色の髪の少女は、元気よく腕が千切れるんじゃないかと思うくらい、思い切り自分の手を振っていた。
「杏・・・?」
ぼそりと口から名前が出た。
「そんなところで何してるんですか〜?」
「・・・・・・別に・・・」
踊れないから本を見て勉強してました、とは口が裂けても言えない。敦真のプライドが許さなかった。
≪負けず嫌い♪≫
虎杖丸が間髪入れず相槌を打ってきたが無視することにする。反応すると、図に乗るに決まっている。
「そっち行って良いですか〜?」
敦真が頷く前に、杏は行動を開始していた。上に登れそうなはしごを見つけて、ひょいひょい登ってくる。
「わ〜いい眺めですねっ!」
吹き付ける風で杏の髪が揺れる。
「ああ・・・」
「・・・あれ?敦真さん、その本・・・」
「!!」
いつものポーカーフェイスに焦りの色が浮かんだ。敦真は本を隠そうとするが、時既に遅し。
「ええっと・・・『誰でも出来るダンス 初級編』?」
「・・・・・・・」
敦真はふてくされたようにそっぽを向いた。恥ずかしいのだろうか、耳の辺りがほんのり紅くなっていた。
「敦真さん、踊れないんですか?」
「・・・・・・・」
敦真は答えない。杏がおそるおそる顔を覗くと、こちらを見た敦真と目が合った。
敦真は一つだけため息をつく。不思議そうにこちらを見つめている杏。純粋で、素直で・・・この子にだけは、自分を偽りたくない。
「出来ないと、おかしいか?」
「いいえ?誰にだって出来ないことの一つや二つ、ありますよ。私なんて出来ないことだらけです。」
消え入りそうな声で答えた敦真に、杏は照れくさそうに微笑んだ。
「朝はなかなか起きれないし、鈍くさいし、巫術(トゥス)はうまく使えないし・・・はぁ・・・」
指を折りながら自分が出来ないことを羅列して、自らの駄目さ加減を再確認してしまったらしく、杏はため息をついた。
「・・・鈍くさくないと、杏じゃない。」
「あっ、敦真さん酷い!!!どうせ私はドジですよっ!!」
必死に抗議して頬をふくらませた杏が面白くて・・・
「敦真さん・・・今・・・」
「?なんだ?」
「・・・笑った?」
杏の言葉に、敦真は心底驚いた。笑った気はなかった。だが、杏の行動が面白いと感じた。楽しいと感じた・・・
「・・・笑ってない。」
「え〜?今笑いましたよ、絶対!」
「笑ってない。」
またしてもそっぽを向いてしまった敦真の後頭部を眺めながら、杏はぽつりとつぶやいた。
「初めて見た。敦真さんが笑ったとこ・・・」
杏のつぶやきは敦真の耳には聞こえていたが、彼は聞こえないふりをした。振り向けば、自分が照れていることがばれてしまいそうだった。
照れたり、笑ったり・・・前の自分には無かった感情。少しずつちょっとずつ、生きていることを実感している自分を嬉しく感じる。
敦真が横を見ると杏は夕陽を見つめていた。
「綺麗ですよね・・・今、生きてるって感じがする。」
杏の顔が夕陽にてらされる。淡い栗色の髪が紅い光を受けて、いつもと違う輝きを放つ。
「ちょっと前まで、生きるのにあんなに必死だったのに・・・嘘みたい。」
孤独で、冷たい石牢のなかで泣くだけだった日々・・・生きていると思える日はなかった。光も見えず、先は真っ暗だったのに・・・いつからだろう。
(こんなに、世界が眩しいと思ったのは・・・)
「敦真さん?」
杏がまたこちらをのぞき込んでいた。
「また、悲しそうな顔になってましたよ?」
どうして、分かるのだろう。あまり感情が表に出ない自分の、内側の気持ちを・・・悲しいと、感じていたことを。
「敦真さん・・・そんなにずっと見ないで下さいよぉ・・・あ、まさかまたこいつバカだなーとか思ってるんですか!?」
立ち上がって腰に手をあて、怒ったスタイルを取り、杏の独り言(敦真が喋らないので独り言に聞こえる)は続く。
「どうせ私なんて、人の気持ち分かりませんよ〜周りの空気読めないし、おっちょこちょいでドジで・・・・・・あうぅ・・・」
また自分で墓穴を掘ったらしい杏は、再び敦真の横に座り込んで膝を抱えた。指で「の」の字を書く勢いである。
その杏の頭に、敦真の手が触れた。ポンポンと軽く叩いて、緩やかなウェーブの髪を2・3回撫でる。
「敦・・・真さん?」
彼の顔は、杏の方を見ていなかった。濃いめの翠の瞳は、まっすぐ沈む夕陽に向けられていた。視線はそのままに、彼の口がぽつりと告げた。
「お前は、お前のままでいい。」
ここにいてくれるだけで、自分は生きていると感じられるから・・・
一瞬、杏の大きな茶色の瞳が見開かれた。うっすら溜まった涙をこすって拭うと、彼女はいつもの笑顔で頷いた。明るい太陽のような、笑顔で・・・
どうか、このまま・・・このままでありますように。
この平和が、続きますように・・・
紅く染まった空は、次第に濃い青色に変わり始めた。
地平線に沈みかけた太陽だけは、いつまでも眩しく輝いていた・・・
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あとがきみたいなもの。
15,000hitキリリクでKAMUIのSSでした!
敦真と杏のカップリング大好きなんで、せっかくなので書かせてもらいました。
始めて版権もののSS書きました・・・キャラの特徴つかめているといいなぁorz
朱依にいさんがお気に入りなので、ちょっと登場してもらいました^^
ホントはね〜アイカさんとのカップリングにしようとおもったんだけどね〜;;
おいなりさまのみ、お持ち帰り可です。お待たせしてごめんなさいm(_ _)m
リクエスト有り難うございました。
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